― AI は Knowledge Management に新しいレイヤーを追加したのではないか ―
前回の記事では、「AI が動的ドキュメントを生成するのだから、Static Document は不要ではないか」という考え方について書きました。
私が気になったのは、AI の性能ではありません。
「人間はもう Static Document を読むことはない」 という未来を前提に、組織が意思決定を始めていることでした。
では、この変化は何なのでしょうか。
今回は、その問いを少し理論的な視点から考えてみます。
Knowledge Management が扱ってきたもの
Knowledge Management(KM)は、組織の知識をどのように創造し、蓄積し、共有し、活用するかを扱う分野です。
その中核となる理論の一つが、SECI モデルです。
SECI モデルでは、Tacit Knowledge(暗黙知)と Explicit Knowledge(形式知)が相互に変換されながら、知識が組織全体へスパイラル状に成長していく過程を説明します。
私は、この考え方は現在でも極めて有効だと思っています。
少なくとも AI の登場によって、このモデルが否定されたとは考えていません。
AI は何を変えたのか
一方で、AI が知識循環へ参加するようになってから、一つだけ以前とは決定的に違うことがあります。
AI は知識を生成しているように見えます。
しかし実際には、 Static Document や Knowledge Base を参照し、 必要な知識を組み合わせ、 Dynamic Document として利用者へ返しています。
つまり AI が変えたのは、 Tacit Knowledge や Explicit Knowledge の定義ではありません。
知識が誰を経由し、どのように届けられるか です。
SECI が扱っていないもの
ここで、SECI モデルを改めて眺めてみると、一つ気付くことがあります。
SECI が説明しているのは、 知識がどのように変換されるかです。
Tacit から Explicit へ。
Explicit から Tacit へ。
その変換が繰り返されることで、 知識創造のスパイラルが形成されます。
しかし、 その知識が、誰を経由し、どこへ届けられるのか については、 SECI の中心的なテーマではありません。
もちろん、人間同士のコミュニケーションは前提として存在しています。
しかし、AI が知識循環の主体として参加することは、SECI が提案された当時には想定されていませんでした。
新しいレイヤーが必要になった
私は、この変化は Knowledge Management を否定するものではなく、 新しいレイヤーを追加したのだと考えています。
Knowledge Management は、 知識をどう創造し、どう維持するかを説明します。
一方、AI 時代では、 その知識を
- 誰が参照するのか
- 誰へ届けるのか
- どの知識を選択するのか
- Static を参照するのか、Dynamic を生成するのか
という設計そのものが、新しい課題として現れています。
これは知識そのものの問題ではありません。
知識の経路の問題です。
Knowledge Router という主体
ここで一つ、新しい問いが生まれます。
では、誰が Knowledge Router なのか。
AI でしょうか。
人間でしょうか。
あるいは、Static Document や Knowledge Base 自体も、その一部なのでしょうか。
AI が参加する知識循環では、 知識は単純に保存されるだけではありません。
複数の主体を経由し、 必要な形へ変換され、 適切な相手へ届けられます。
私は、この「知識をどのような経路で届けるか」という振る舞いそのものを、 Knowledge Routing として考えてみたいと思っています。
Knowledge Routing は何を扱うのか
もし、この考え方が妥当であれば、 Static Document と Dynamic Document の見方も変わります。
Static と Dynamic は、 Document の分類ではなく、 Knowledge Routing における経路の性質として捉え直せるかもしれません。
Dynamic Document は、 一つのドキュメントではなく、 Knowledge Routing の結果として、その都度生成されるビューである。
そんな見方もできるようになります。
まだこれは仮説に過ぎません。
しかし少なくとも、 AI が知識循環へ参加した現在、 Knowledge Management の上だけではなく、 その一段下にあるレイヤーを考える必要が出てきたように、私は感じています。
それが、私が Knowledge Routing という言葉を使ってみようと思った理由です。